にぃにのことを忘れないで2

 特に亮ちゃんのことを書いていないのに、温かいスターを頂き、ありがとうございました。前回の続きです。


 それからsupi様、「感情を爆発させる」をマネっこしました。それがベストな気がして。ごめんなさい。








 外国人の学生も闊歩するインターナショナルな東大のキャンパスに「すごいな!!」と目を輝かせる優治。



 「にぃにも来年からはここで勉強するんだね」と言われ、「まあな」と返した恵介は「いや、でも、ひとつだけ問題があるんだよな……可愛い子が少ない…」とうそぶいて笑ってみせます。




 相変わらずの毒舌ぶりで、僕もにぃにと同じ大学に行けたらな…という優治に「お前は逆立ちしても一生無理だよ」「俺は治療費なんかで迷惑かけちゃったから、せめて国立に行って親孝行しないと。どうせお前は私立に行くしかないんだから、そんときゃまた金かかるし…」などと言う恵介。しかし、優治は「そっか」と納得し、笑顔で「にぃに、ありがとう」とぺこりと頭を下げるのでした。



 「そんなリアクションかよ?優治、お前さ、俺にむかついたりしない訳?昔からお前のことバカにするようなことばっか言ってるのに、何で俺にくっついてくる訳?」
 「いや、だってにぃには優しいから…。にぃには口では文句ばっかり言うんだけど、最後は必ず僕の頼みを聞いてくれるでしょ?」
 「にいにが本当は誰より優しいこと、家族みんなが分かってると思うよ」



 長年一緒にいる家族には毒舌にくるんだ恵介の優しさがよく見えるのでしょう。そして一見尊大とも見える態度の奥には、これ以上迷惑をかけたくないという親思いのまっすぐな心があることも。




 ただ、もう治ったと思っている彼にとって「ベクトルが心配する方向にしか向いていない」母から頻繁に入るメールは煩わしい様子で、この時も体を気遣う母のメールをうんざりしたように見る恵介でした。




 しかし、その直後、のどかな憧れの学びの庭で、とうとう、恵介は再び痙攣を起こして倒れてしまいます。「にぃに!にぃに!」と叫ぶ優治。「キャー」とざわめくキャンパス…。



 そして医師からの再発の宣告を恵介も一緒に聞いたのでした…。



 もう治ったと思っていたのに、東大の入試はもうすぐなのに、というショック。再び死と向き合って、あの苦しい治療を繰り返すのかという思い。二回目は苦しさが具体的に分かる上に、抗癌剤も更に強くなるということで、身構える気持ちは更に辛かったことでしょう。




 こうして受験はやむなく断念することとなり、再び病気との長い戦いが始まりました。春になると大学生になった同級生達がお見舞いに訪れます。彼らは病気の友を気遣って、大学なんてたいしたことないと口々に言いますが、恵介は自分一人だけが1年取り残されてしまったことを、初めて思い知らされたのでした。そんな恵介の気持ちにも気付いていた様子の母…。




 母や家族は、命さえあれば大学なんて…東大なんて…と思ったに違いありません。しかし、小さい頃から図抜けて優秀だった人にとって、そのビハインド感は厳しいものだったことでしょう。受験まであとちょっとだったのに。




 何で自分なんだという思い。もっとダラダラ生きている人にだって、手付かずの未来が無条件で与えられているのに…。




 夜、病室で勉強中、また痙攣と戦っていると、看護士詩織が注射をしに来ます。内心、詩織が気になっている恵介でしたが、例によって「下手に刺すなよ。この前なんかマジで痛くて…」と毒づきます。



 
 「相変わらず可愛くないな〜。…物理君」
 「…何だよ、それ」
 「何かいつも小難しいことばっかり勉強しているからさ」



 注射の後、気軽く恵介のベッドに腰掛けて、今日は何を勉強しているのかと聞く詩織。



 「相対性理論
 「あ〜聞いたことある。アインシュタインでしょ。でもいったい何な訳?それ?」
 「例えば好きな人と一緒にいると1時間なんかあっという間でしょ?でも病院にいると1分が1時間にも思える。それが相対性」



 
 多感な時に病院で長い間治療に専念するしかない恵介が、気になる詩織と束の間話す折に口にしたこの例えは、何とも切実なものでした。




 「なるほど。やっぱり頭良いんだ。物理君」
 「そうでもないよ。…どうしても分かんなくて教えてほしい問題もあるし」
 「えっ、あたしに?何、それ?」



 「……何で俺がこんな目に合わなきゃいけないの?」「何で俺がこんな病気で苦しまなきゃいけないの…」
 「………」


 沈黙の後、詩織は、他の患者さんにも同じ事を良く聞かれるけど、いつも答えられない、物理君頭良いんでしょ、良い答えを見つけて教えてよ、あたしが他の患者さんにさすが〜と言われるようなやつを、と言います。大丈夫、君ならできる、期待してるよ、と恵介の肩をドンと叩いて出て行った詩織は、ヤバイ、忘れ物…と処置グッズを小走りに取りに戻り、「これは二人だけの秘密ね…」といたずらっぽく微笑んでまた去っていきます。恵介の表情にも柔らかい笑顔を残して…。




 一方、病気の再発を機に、祖母はお百度参りを再開し、父は入退院を繰り返す息子のために車を買い換え、母は病気に効くと聞けば高い薬をたくさん買い込んできました。



 
 しかし、そんな家族の想いが負担となり、病気が一向によくならない苛立ちもあって、恵介はついに感情を爆発させてしまいます。「いくらしたんだよ、これ。今迄だって入院代とかで大変だったのに。何でこんな高いもん買ってくんだよ」と言って、母の心尽くしの薬をテーブルから叩き落とす恵介。




 「大丈夫よ。母さんね、パート始めたの。お金のことなんかね、恵介が心配することじゃないの」と言いながら、散らかった薬を拾い集める母。「そういうのがいちいち押しつけがましいっつってんだよ」と恵介は声を荒らげます。




 そして「もうこんな病院うんざりだよ。治療も止める」と吐き捨て、とうとう恵介は病院から走り去ってしまうのでした…。


≪続く≫