にぃにのことを忘れないで5

 少しでも先を続けようかと思いまして…前回の続きです。(病院の帰り道のアーケード街で倒れた所から)





 倒れたまま、震える手で携帯をさぐりだし、荒い息で、泣きそうになりながら、何とか携帯を開く恵介。しかし、がくがくと痙攣した手から携帯は落ちてしまい…必死に手を伸ばしても、携帯をつかむことすらできません…。痙攣する右手を押さえながら、汗びっしょりになって苦しむ恵介。何事かと怯えて通り過ぎる歩行者達…。



 「にぃに!」


 偶然通りがかった優冶が駆けつけます。発作のピークが行き過ぎたのか、優冶の声にふらつきながら顔を上げる恵介。


 「どうしたの?にぃに。具合悪いの?大丈夫?」


 恵介の肩を揺する優冶。

  
 恵介は苦しい中にも薄く笑って言います。

 
 「ば、ばーか。そんなんじゃないよ。ちょっと転んだだけ」


 しかし、そう言う恵介の顔からは汗が滴り落ちるのでした…。


 「ほんとに?」
 「うん。帰ろ」


 優冶に助けられ、そろそろと立ち上がって、自転車を押しながら歩き出す恵介。



 その姿を後ろから見つめる優冶の表情が曇ります。恵介本人はもちろん、優治もまた、とうとう恐れていたことが起こりつつあることを予感していたのでしょう…。




 その夜。パートからの帰宅が遅れた母が、ごめんね、ご飯すぐ作るから…と慌てて家に入ると、ダイニングには誰もいません。


 「えっ?」


 居間を見ると、沈みきった様子でソファーにかける父、祖母、優治…。



 「どうしたの、みんな?えっ、もしかして恵介に何かあったの?!」


 
 その途端、ライトが消え、「Happy birthday to you 〜」と歌いながら、笑顔の恵介が廊下から登場します。手にはロウソクの点いたバースデーケーキを持って…。



 恵介と一緒に声をそろえて歌う父、祖母、優治。



 「Happy birthday dear… 母さん〜」
 「あたし…?」
 「Happy birthday to you〜!!」



 「サプライズだよ、母さん」と父。
 「にぃにが考えたんだよ、また」と優治。



 恵介の「母さん、消して」という柔らかな声に「ありがとう!!」とロウソクを吹き消して、感激の母。
 
 「おめでとう!!」と拍手する一同…。




 その後の夕食の席で、母が言います。



 「びっくりした〜。自分の誕生日なんか、すっかり忘れてたから」
 「きっとそうだよって言ってたんだよ、にぃにが」



 驚いて、照れて、幸せな笑顔を見せていた母でしたが、恵介の状態を考えると、このサプライズは、少なからず心臓に悪いものだったことでしょう。しかし、恵介自身が苦しい時にも、「きっと自分の誕生日も忘れているに違いない」と、母を思いやる気持ち…。優しい毒舌家・恵介らしいやり方だったかもしれません。また、こういうことをする機会をもう逃す訳にはいかないという思う気持ちもどこかにあったのかもしれません…。




 「でもさ、帰ってくるのが遅いから、待ってる間緊張して疲れちゃったよ」
 「もうね、打ち合わせ通りやれって、も、大変なの。この恵介のやつが。ほんとに、もう」
 「悪かったな。ばあちゃんの誕生日の時はいきなり花火とか上げてやるから」
 「あ、でっかいのをな、おねげえしますだ…」


  笑い声を上げる一同…。

 
  しかし、その直後、母の視線が吸い寄せられるように恵介の卓上に留まります。



 「恵介、ご飯こぼしてるよ」


  …表情を失くした顔で言う母。



 微笑みの余韻を張り付けたまま困ったようにうつむく恵介。



 「あんた具合悪いんじゃ…」母が言いかけた時、恵介の右手が激しく痙攣し始めるのでした。



 自分とは別のいきもののように震える右手を必死で押さえて恵介は言います。



 「たいしたことないよ…」



 もう、自分でも分かっていただろうに、それを認めまいとあがく恵介…。



 「やっぱ病院行こ」
 「これ位の痙攣すぐおさまるから、騒ぐなよ!」
 「お父さん、救急車!」
 「救急車なんか呼ぶなよ!」そう叫びながら椅子から落ちた恵介は倒れたまま痙攣し続けるのでした…。


 ≪続く≫