にぃにのことを忘れないで6

 前回の続きです。錦戸亮の魂を揺さぶる至高の泣きシーンを言葉で表すことは、私などには到底不可能なのですが。自分用の覚書として、ストーリーやセリフを反芻するためにこれを書き始めたものですから、抜かすのも何なので、ほぼセリフメインではありますが、一応書いてみました。すみません。






 翌朝、病院のベッドで寝ている恵介。傍らにうつむく祖母、優冶。




 別室で父母に医師が告げるのでした。腫瘍が脳の至る所に転移していて、めまいや痙攣を起こしている…今回の薬も効かなくなってきていて、これ以上の抗癌剤治療はもう効果がない、痛みを抑えることしかできないと…。




 そんな医師に母が必死に訴えます。




 「お願いしますよ。先生。何とか他の治療法を見つけて下さいよ。先生だって知ってるじゃないですか。恵介は今までだって、どんな辛い治療だって耐えてきました。ね、きっと今回だって乗り越えてくれますから。ね、お願いします。何とか助けて下さい!」




 立ち上がって頭を下げる母。
 「母さん…」と肩を抱く父。


 「お願いします!!…」涙ながらに医師の肩をつかんで揺さぶりながら母は訴え続けます。「何とかして下さい。お願いします!!…」
 「母さん…」と止める父…。




 病室で薄く目を開ける恵介…。




 「恵介、分かる〜?」
 「病院だよ、にぃに」
 「またしばらく入院することになるけど、焦らずに治そう?」
 「心配しないで、今はゆっくり休みなさい」
 「あたしが代わってやれればねぇ…」



 黙っていた恵介が、弱い声でつぶやきます。


 「…もう死ぬんだろ、俺…」

 「何ばかなこと言ってんの」
 「そうだよ、恵介」
 「もう、気休めは止めてよ!」 眉間にしわを寄せる恵介。思い通りにならない右こぶしを上げて、涙をこらえながら、恵介は言葉を続けます。



 「…分かるんだよ。今までと違うって。勉強してても、簡単に解けてた問題が、さっぱり分かんないんだ。シャーペンもまともに持てないし、昨日なんか、どうやって家に帰っていいか分かんなくなった。メールして聞こうと思っても、やり方が分かんないんだ…」



 潤んだ瞳でフフッと乾いた笑いをもらす恵介。




 「何で黙ってんだよ、父さん…。いつもみたいにヘラヘラ笑って寒い駄洒落言ってよ…」



 …唇を噛む父。



 「止めろよ、にぃに」…涙声の優冶。
 「優冶、お前、俺の何が好きなんだよ。いつまでも、にぃに、にぃに言ってんじゃねぇよ。ばかじゃねぇの」




 「ばあちゃんさ、私が代わってやりたいとか言うなら、本当にそうしてよ。何で俺がばあちゃんより先に死ななきゃいけないんだよ」


 ごめん…と泣く祖母。




 「恵介、いい加減にしなさい。クマンバチは自分が飛べるって信じてるから、飛べるんでしょう? あんただって、病気が治るって信じなきゃ」




 涙をたたえた目で恵介はまたフッと笑います。
 「何がおかしいの?」




 「クマンバチは…不可能を可能になんかしてない。今じゃ何で飛べるかちゃんと証明されてるんだよ。新しい研究で…。いくら頑張ったって、奇跡なんか起きないんだよ、母さん」



 涙声になって、濡れた瞳で母を見る恵介。思わず涙を拭う母。




 「今までは自分が本当に死ぬなんて思ってなかった。自分だけは助かるんじゃないかって、そう信じてた。だから、辛くても、苦しくても、頑張ってこれた……。夢を持とうとした…。希望も捨てないで来た…」




 大粒の涙が恵介の目尻から何度もこぼれます。




 「…でも、その度に、何度も、裏切られた…」



 耐えきれず、しゃくりあげて、訴えるように母を見る恵介。流れ続ける涙。恵介の肩をさすってすすり上げる母。




 「教えてよ、母さん。僕はいったい何のために生きてんだよ? 毎日毎日…病気に苦しむだけで、やりたいことなんて何ひとつできないじゃん」…たまらず恵介の頭を撫でる母。




 「生きてる意味なんかあんのかな? ね、教えてよ。僕は何のために生きてんだよ? いったい何のために生まれてきたんだよ?…」




 唇をわななかせ、鳴咽に言葉を震わせながら、涙に光る哀しい瞳でまっすぐに母を見上げて、恵介は問いかけるのでした…。






 その後、廊下のソファーにかけている父母。両手で顔を覆って母が言います。



「私、もう、どうしていいか、分かんない…」
「母さんまで、そんなこと言うなよ」


「じゃあ、どうすればいいの? 私…。さっきの質問に何て答えればいいの? 恵介はいったい何のために生まれてきたの? 教えて父さん…」



 咽び泣いて尋ねる母。黙ってうつむく父。



 廊下の陰から詩織がそんな二人を見ていたのでした…。



 ≪続く≫