にぃにのことを忘れないで8
お休みして、だいぶ間が空いてしまいましたが、自分用のストーリー覚書を少しずつ書き進めようかと。コードを首に巻いて死にたいと泣き、母に頬を叩かれ、以前母に尋ねた「何で自分が生まれて来たか」の答えは、自分で決めること…と母に言われた後からです。
2009年7月
あれから僕は母さんが言った言葉を何度も頭の中で繰り返した。
「挿管して! 人工呼吸器を装着する準備をして!」
息を詰まらせ苦しむ恵介。
「恵介君、少し苦しいけど、楽になるからね」
酸素マスクを当てられる恵介。上がった顎。むせる喉…。
その後の病室。病みやつれた体を静かにベッドに横たえ、恵介は一人、窓の外の雷雨を見ています。
痩せた顔に、目の下のくま、鼻には管。いっそう力なくゆっくりになったまばたき…。
でも答えはなかなか見つからなかった…。
そろそろと廊下に視線を移すと、そこを祖母が通り過ぎて、また戻ってきます。戸口で手を振る祖母。
「何やってんだよ、祖母ちゃん」 話し方もゆっくりで、声も弱くなって、しかし表情は笑顔の恵介。
「あはは…。あたし最近さぁ腰痛くってね。ここで診てもらおうと思って来たんだよ。あんたの、別に、見舞いに来てるんじゃないんだよ」
恵介の足のあたりを容赦なくバシッと叩く祖母。
「祖母ちゃん、ここ癌専門の病院なんだけど」
「えっここ整形外科ないの? いや〜あたし腰の骨バリバリってやってもらおうと思ったのに」
「もう、ボケちゃったんじゃないの?」 弱っても変わらない毒舌ぶり。それでも、そう言う恵介の表情は柔らかいままです。
「そう、ボケてます。やんなっちゃうよ、もう」 笑ってそう言った祖母は大振りのバッグを無造作に恵介の足元に投げ出して、雨の中開いていた窓を閉めに行きます。
戸口を見る恵介。
「ヨッ!!」 今度は父がやってきます。
「あれっ、祖母ちゃん来てたんだ」 驚く父。
「あっ父さん、会社どうしたの?」
「うん、父さんの会社は倒産した。なんちゃって…」
「いや、寒い」と言いながら、柔らかい笑顔の恵介。
「あっ寒いか、やっぱり。いやぁ何か恵介の顔ちょっと見たくなってな。抜けてきた」
「なぁんだょ、さぼりかよ」 笑って言う恵介。
今度は優治が現れます。
「あれっ? 何で二人ともいんの?」
「なぁんだょ、優治もさぼったのかよ、大学…」
「うん、いや、にぃに元気かなって」
「元気な訳ねぇだろ。入院してんだから」
「だよね?」 ふんわり微笑む優治。
「おまえ、そんなんで大学、卒業できんのかよ」
「そこなんだよね〜」 首の後ろをかいて弱ったように笑う優治。
「おまえ、そんな自信のないことでどうする? ウォーターウォーターするな」 父が水差しを手に相変わらずの駄洒落を飛ばしていると、洗濯カゴを持った母が入ってきます。
「あーれー? どうしたの、みんな」
「いや、恵介の毒舌聞きたくなってな、みんなで」
「なぁにそれ。ねぇ?」 恵介の方へ笑う母。
「でも、元気そうでホットとした」 ポットを持って再び駄洒落を言う父に、呆れながら笑う家族達。
「あっそうだ、そうだ。あのね、ケーキ持って来たの。お母さん、お茶」と優治がケーキの箱を差し出すと、「ケーキがいいじゃないか」と父が畳み掛け、その後も続く父の駄洒落に笑い声の絶えない病室。廊下からそれを見る詩織の顔にも笑顔が広がるのでした…。
なぜ自分が生まれてきたのか、自問し、内省する間に、恵介が周りの人に辛く当たることもなくなっていったのでしょうか。確実に終焉に向かう日々に、誰しも心静かにいられはしないでしょうが、恵介にはある種の穏やかさが訪れ、家族もいつもの自分を取り戻したように見えます。そんな家族の愛情の中で、恵介は答えを探し続けるのでした…。
≪続く≫