にぃにのことを忘れないで10

 次の回で終わりになる模様です。それから、以前も使った表現を繰り返し使っていてすみません…。








 家に帰る日。母の運転する車が家に到着します。



 「車椅子降ろすね〜」



 車の窓を開け、外を見ている恵介。風にそよぐ庭の樹々。家の前には恵介の自転車。



 …そんな恵介に気付いて、母が声をかけます。



 「さ、行くよ〜」


 「うん」


 「はい、お家だよ〜」





 小さな子供のように抱きかかえられて、そろそろとソファーに腰掛ける恵介。腕をそっと抜いて、恵介の頭をソファーの背に静かにもたれさせる母。
 



 「荷物取ってくるね」




 ソファーの背にくったり首を預けたまま、恵介はゆっくりと家の中を見回します。街に流れる夕焼け小焼けのメロディ。…ダイニング…リビング……笑顔の箱根の家族写真。荷物を持って戻った母が「どした?」と声を掛けます。






 「家っていいね、母さん。…やっぱり家が一番いいね」






 歌うように幼くつぶやく恵介に、思わず涙ぐむ母。







 「喉かわいたでしょう。お茶入れるね〜」   後ろを向いて、つとめて明るく言う母の携帯にメールが入ります。




 「父さんだ。恵介は無事に着いたか?って」




 返事を打つ母に、「ねぇ、母さん」と呼びかける恵介。




 「うん?」



 まだ返事を打っている母の方へまっすぐ顔を向けると、砂糖菓子のようなあどけない笑顔を浮かべて、恵介は言葉を続けます。





 「父さんとどうやって出会ったの?」 

 

 「えっ。何? いきなり…」   面食らいながら、返事を送信する母。



 「聞いたことなかったなと思って」   すでに「っ」の発音も苦しそうな恵介ですが、母に懸命に話しかけるのでした。


 
 「あっ。う〜ん。バイト先で知り合って、まぁね…それで」    耳のあたりを掻く母。



 「じゃぁ、父さんのどこが好きだったの?」   幼い笑顔をさらに深くして恵介は問い続けます。



 「えっ?」     戸惑って、小さい子の顔を覗き込むような笑顔になる母。



 「何で結婚しようと思ったの?」



 「う〜ん」



 「プロポーズの言葉は?」


 「はっ」


 「反対とか、されなかったの?」


 「僕が生まれたとき、どう思った?」


 「優治のときは?」





 「ちょっと、ちょっと、待って。そんなに次々聞かれても…」




 「ごめん」と、さらに笑顔の恵介。その笑顔は、小さい頃の恵介の表情そのままだったかもしれません…。
 



 「なんか急に知りたくなって…」 




 「待って。お茶入れるから。そしたら、ゆっくり話してあげる、ね」  




 涙をこらえてお茶を入れる母。



 恵介はそんな母の背中をずっと見ています…。






 そのあと生まれて初めて聞く話をたくさん母さんに教えてもらったね。



 

 …急に知りたくなった家族のことを、穏やかな時間が流れる自宅のリビングで、母からゆっくり聞くことのできた恵介なのでした…。




≪続く≫