にぃにのことを忘れないで9
バラバラとすみません。少しでも先へ進めようと思いまして…。家族全員がお見舞いに来たシーンの後からです。
同じ日。雨上がりの病院の屋上で、恵介の車椅子を押す詩織。
空に架かる虹に気付いて、詩織がうわぁ〜と歓声を上げます。
「きれいだね〜」
パジャマに淡い水色のカーディガンを羽織って、柔らかい表情で虹を見上げる恵介。
「ねぇ、前から思ってたんだけどさぁ、虹って触ったりできないのかなぁ」
「無理だよ。空に雨粒のスクリーンがあって、そこに光が当たってんのを見てるだけなんだから」
それでも、その言い方は優しく、恵介は柔らかく微笑んでいます。
「はぁ〜そうなんだ」
「でも、こんなきれいな虹、生まれて初めて見た。…まだ見てないものや、知らないことが、いっぱいあるんだろうな…きっと…」
静かにそう言う恵介に、ふと話題を変える詩織。
「家に帰る許可出たんだって? 良かったね」
「うん」と微笑む恵介。
「なんか恵介君が羨ましくなっちゃった…」
「…こんな病人のどこが…?」 恵介はまぶしげに笑います。
「だって、あんなに家族に愛されてるから…。あたし、家族いないからさ。…あたしもいつか恵介君みたいに愛されたいなぁ」
うつむく恵介。そんな恵介の車椅子の傍らにしゃがんで膝掛けを直す詩織。二人の目線が近づいています…。
「…結構、今でも愛されてると思うけど」 独り言のようにそう、つぶやいて、ちらっと詩織の顔を見てすぐ下を向く恵介。
「えっ誰に?」
「いや、それは…ほら…だから…」 探るように視線を上げて、一瞬強く詩織を見つめる恵介。真顔の詩織。不意にまた視線を逸らして恵介は言います。
「………病院のみんなにさ…」
あぁそういうこと…と笑う詩織。
「結構、人気あるんだよ、あんた、患者の中じゃ」 口の中で小さく言葉を転がすようにつぶやく恵介。
「俺はどこがいいのか、良く分かんないけど…」 少し首を傾げるようにして、笑ってうそぶいた恵介に、「ひっど〜い!!」と詩織も笑って、再び車椅子を押していくのでした。「好き」の言葉も想いも飲み込んで微笑む恵介を乗せて…。
≪続く≫